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諸法無我

旅行記や、日々思うことについて

備えはマインドにこそ

こんにちは。
新幹線に乗ってる時間が暇なので書きます。

熊本のほうで地震が続いてますね。

テレビを見ても本当に気分が落ち込むような報道がなされていて、現地の人々がいかに自然の猛威に対して恐怖しているかを思うと被災していない自分でさえ、なんだか不安になってしまいます...

とにもかくにも、被災地で少しでも早く余震も収まって、これ以上犠牲者が増えることなく復興への道を歩むことを祈るばかりです。


幸いにもおれは今まで生きてきて、記憶のうちでは大規模な災害には遭ったことがありません。

正確に言えば赤ん坊の頃に阪神大震災には被災している、らしいですが記憶がないので、当時の話を両親に聞いたことがあるだけです。

その時はわざわざ祖父母や叔父さんが広島から援助物資を持ってきたりしてくれてたみたいで、たぶん当時のおれも相当それに助けられてたのは間違いないです。そう思うと感謝しきれません。

両親が口を揃えて言うに、当時の一番の問題はやはり「水」だったそうです。水道が止まれど生活のために飲み水はもちろんのこと、トイレにも必要ですからね。

1995年1月はネット環境も整っていやしない時代だったので、給水車が来る!みたいな情報を噂や人伝いで耳にしては一目散に向かい、水を貰っていたらしいです。


あれから20年が経った今、地震災害発生時の様相は大きく変化しています。人伝いや噂ではなくSNSなどを中心にネットをうまく使えば生きるために必要な情報が得られるようになりました。いま思えば東日本大震災がそういう時代の口火を切ったのかな。導入当時は非常に驚きましたが緊急地震速報なるものまで登場し、まだまだ発展途上だという指摘もありますが一定の効果はあるのだろうなと感じます。

しかしいくら技術が発展し災害対応をスムーズに行えるようになっても、危機的状況のなかで最終的に自らの命を守れるのは持ちうる全ての知性を駆使した状況判断力なんじゃないかなと思います。

もちろん非常食みたいに物質的な備えも必要ですが、それ以上に精神的心理的な備えをしておくことが重要なんじゃないかなと個人的には考えてます。内面の備えの上に、外面の備えがついてくる、みたいなイメージ。そういうマインドを構築しておけば非常事態に一体何が必要なのかは自然に浮かんで、準備しやすくなると思うんです。

例えばtwitterなどで情報をいくら得やすくなったとは言え、その真偽を判断する能力に欠けていれば結局自分自身を窮地に追い込むことになるかもしれませんしね。

いま熊本で起きてるようなことはいつ自分に降りかかるやもわかりません。

まだまだ自然災害に関しては、予測がつきにくい時代がしばらくは続きそうなので、折に触れて災害対応をシミュレーションしておくに越したことはないと思います。豊かで美しい、そして時に厳しい自然環境が根付いたこの国で生きる上には。


一日でも早い被災地の復興を祈って。

新幹線が京都を発ちました。月曜日からまた東京にて研修です。どうにかこうにか、もがいてみせます。