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諸法無我

旅行記や、日々思うことについて

偽ることは疲れる

人間関係が一新された、という訳で心機一転、イノベーションを図る人って結構いるんじゃないかなと思います。

特にこの時期、おれらの同世代には。

 

まあでも物事はそんなにうまく運ぶことはないし、自らの臨んだ結果とはほど遠いものが得られる、ってパターンも少なくはないと思います。

 

ここ数日いろいろ考えて、

たぶん人間にはとある「共通する病」があるのだと思うようになりました。

「病」とは決して大げさな表現ではなくて、端的に言ってしまえば人間なら誰しもが抱える社会的欲求、それが充足されなかった時のネガティブな効果。

敢えて病と呼びます。それだけ、治すのが困難だと思っているので。

 

人間なら誰しもが他人からよく見られたいという意識が根底にあるはずです。

社会的動物である人間がその所属意識を自覚し、自らに価値を見出すことが生きるために必要だとするならば、やはり人間関係を円滑に構築するというのは決してマイナスにはならないわけですから、「良く見られたい意識」が働くのはある意味必然なので、今この瞬間を生きるおれたちがその欲求そのものを否定するわけにはいきません。

それは生の否定に他ならないからです。

 

それでもふと思うんです。

こんなに「良く見られたい」と思って自分のしていることがどんどんバカバカしくなって、自らをだますようにして行動した自分に自信を汚らわしいものと思いたくもなる。自分のために良かれと思っていることが、結局全く逆の方向に働いているように感じてしまうんです。

 

「お前は自分を道化にしてまで、人に好かれたいのか?」

って問いかけが心の奥底から聞こえてくるんです。

 

もともと自分を偽ってまで人に好かれたいとは思っていなかった。

…はずなのに、気づけば自分をベールに包んで本来なら存在しえない自分の姿を見て、そのたびに嫌気が差すのに加えて、なんだか本当の自分の姿が見えなくなってくるような気がしてくる。

おれはわかんないけど、ひょっとしてみんなそうやって生きてるのか?

だとしたらみんなはそれを許せてるの?

 

そんな奥底からの問いかけと、社会的動物としての生存欲求がぶつかって、寝床に入ろうとする前に葛藤スパイラルに入ってしまったのでここに書き残しておこうと思いました。

 

まあ大概こういう悩みって時間が解決してくれるモノなんじゃないかと思うんだけど…

そう願って、明日もまたこの悩み向き合い続けることにしよう。